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32回全日本トライアスロン皆生(かいけ)大会
朝比奈

 第32回全日本トライアスロン皆生(「かいけ」といいます。)大会は7月15日(日)に鳥取県米子(よなご)市で開催された。現在、全国で行われているロングディスタンスの大会は宮古島、五島長崎、佐渡そしてこの皆生の4大会しかなく、31年前の1981年(昭和56年)8月20日に日本で初めてトライアスロン大会がこの米子市の皆生温泉で開催され、日本のトライアスロン発祥の地ということになっている。 これまでこの大会には初めてロングディスタンスに挑戦した1989年の第9回大会、そして2000年の第20回記念大会、そして今回が3回目になる。昨年はこの大会に選考漏れ、一昨年は五島長崎大会が口蹄疫問題で中止になり、慢性トレーニング不足に加え2年間のロング大会出場ブランクがあったので完走にさらに不安を持っての出場となった。

 大会地へは4月に新東名が開通し自宅近くにICができ、乗用車にETCを取り付けたため、自転車を車に積んで新東名、東名、伊勢湾、名神、新名神、中国、米子道の高速道路600kmを往復した。休日、祭日が絡んだので旅費はかなり格安で済み、自転車の宅配料も節約できた。

 大会前日までは梅雨の末期、九州北部豪雨の影響でぐずついた天候の中、コース下見、競技説明会などをこなしていたが大会当日は梅雨明けを思わせるような晴れ、午後にかけて気温もぐんぐん上昇し全国で2番目となる36度を記録する猛暑になってしまった。 しかし、海は余韻が残り、荒れが収まらなかったのでスイムは中止、第1ラン8km、バイク145km、第2ラン42・195kmの超ロングデュアスロン大会になった。 結果は第1ランは準備運動程度で済ませ、バイクは制限時間ぎりぎりで終了、最後のランでは30km地点にあるポイント制限時間の午後8時間30分を切ることができなったためレースを止められ、収容バスに乗せられ、ゴールの米子陸上競技場まで運ばれてしまった。敗因は熱中症と思われる。バイクをゴールした時は既に歩けない状態で、気温の急上昇と前日までぐずついた梅雨の天候、この春先から寒い日が続き、暑さ対策は全くイメージになく、まともに猛暑を浴びてしまった。さらに、皆生のバイクは145kmとロングディスタンスにしては距離が短いが、後半にある長いところで1km以上もあるアップダウンが10数回続く難所があり、皆生のバイクコースはいわゆる「ジェットコースター」言われるが、これに痛めつけられすっかり気力、脚力が萎えてしまった。

制限時間は朝7時00分スタート、午後9時30分終了の14時間30分だが午後7時30分、8時30分、9時00分のポイント制限時間がある。ランのスタート時は歩くのもままならない状態で完走断念が頭をよぎるが、「まだ6時間ある。そのうち回復するだろう。」と思い直し歩き始めた。 これまで完走できなかった大会レースは12年前の八ヶ岳野辺山高原100kmウルトラマラソンがある。このときは最初の約20km地点の標高1908mの峠越えで高山病になってしまい走れなくなり、時間を取られ結局98km地点で制限時間になり収容バスに乗せられた。高山病は高度が下がると自然に治った。

 熱中症の応急処置は冷却するしかなく、風を体にあて、首の後ろ、脇の下、鼠蹊部などを水で冷やすのがよく、なるべく日陰を歩きながらスポンジに水を含ませて冷やし続け、ジリジリと焼きつけるような日差しも衰え始めると体が動き出した。鼠蹊部の冷却方法は1週間後の河口湖合宿で塩川さんからバイクパンツの中に氷を入れるといいよと教わった。

 さて、皆生大会は諸島で行われる他の3大会と異なりバイクは安倍川よりやや小さめの日野川堤防、その周辺の田園地帯、集落の中を、そして伯耆大仙のすそ野を駆け巡る山岳コースと変化に富み交通規制はない。赤信号は停車、広い道路は地下道の中を自転車を押して横断、自転車には警鐘用のベル装着が義務づけられている。ランはスイム会場、バイクスタート、ゴールの皆生温泉から「ゲゲゲの鬼太朗」の妖怪ブロンズ像が並ぶ「水木しげるロード」のある境港市まで一直線の産業道路を往復し、米子陸上競技場がゴールとなる。ランも市街地の歩道を走り、もちろん交差点の赤信号は止まり、歩道橋を渡るなど練習会を思わせるようなレース化されていないスタイルは12年前、23年前も同じで、トライアスロン大会初期のスタイルをかたくなに守りつづけている印象を受けた。

 日が落ち、辺りが暗くなるといつものペースを取り戻し、昼頃の不調がうそのように快調な走りになり、おそらく6分/kmペースだろう。陸上競技場を通り越して静岡まで走って帰れそうな気力も復活した。しかし、ポイント制限時間をクリアできず、制限時間がなくてもあと約12kmを1時間では完走を難しかったかもしれない。

陸上競技場のあちらこちらで完走メダルを首に掛け、完走タオルを羽織って家族や仲間から祝福され、完走をたたえあい記念撮影等している人たちを横目にトボトボと会場を後にした。

競技場の出口でこの付近の特産品であるアイスクリームを売っていたおばちゃんが「アイスクリーム食べてきな。」と声をかけられ「お金持ってないから。」と答えたが1つくれた。完走できなかったこと。大会が超ロングデュアスロンになってしまったことは残念だったが、代わりに長距離運転?ができ恒例のロングを堪能できたことでよしとしよう。


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Last-modified: 2014-05-06 (Tue) 21:32:17 (JST) (1987d) by kanrinin
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