6/3(土)梅雨空を見上げて明日の京都方面は良さそうだとの情報に微笑む。車は三人の安堵感も乗せ8:30新東名藤枝岡部ICに入り西を目指す。往復ハンドルを握っていただくのは吉本さん、今回の計画・立案・行程をお願いした。バイクメカにも精通しお任せだ。助手席に石井さん、私は後部席で二人の会話に耳を傾ける。念仏を唱えるようにボソボソと聞こえたり聞こえなかったり・・・眠気覚ましには良薬だ・・・失礼。いつも温厚で腰が低いメガネの奥、瞳の中にキラリと光るものがあり年を重ね躍進中、見習うこと多く明日も堅実な走りを見せてくれるだろう。 伊勢志摩、東名、名神、北陸、舞鶴若狭、綾部宮津、山陰近畿の高速道路自動車道を経て、14:40京都府宮津市与謝天橋立に到着(受付は土曜日のみ)400km走行、所要6時間30分、曇り空で肌寒く気温21℃明日もこのぐらいの気温ですと情報を頂く。イベント会場の舞台では高校生による吹奏楽の演奏が華やかさを増していた。また近年人気の輪行自転車の持ち運びの実演も行われた。全国からの出場者歓迎の意を表して京都府知事初め開催市町村の長が祝辞を述べ、この大会を成功に導くべき力強さも感じさせた。
17:00超早めの夕食を済ませ、翌朝食を調達、二日間お世話になる素泊まりの民宿宮津市ゆうなぎ荘へおいでやす。宮津港に面した宿はおかあさんが一人で切り盛り、女性の強さを思う。水産高校の数人の学生が合宿代わりに利用するとか。先ずはバイクのメンテナンスと石井さん、透かさず吉本さん「やんの〜」と「いや、やりますよ〜」と石橋を叩いて尚渡らぬ石井さん、名字に石が付くのも納得、名は体を表すものか・・・そのまま試走に向った。吉本さん、静かな微笑み返し。部屋に戻り今日の疲れを取りたいと三人が風呂へ。給湯設備に異変あり、一向に熱湯にならない・・・安い素泊まりにクレームなし、それともぬるま湯がいいのかも・・・部屋に戻り明日の無事完走と健闘に小さく乾杯。早目の就寝。
6/4(日)夜明けを待たずに目覚め、GT?の紺色ジャージに身を包む。お似合いだなあとひとり言。車はライトを点灯し指定された駐車場に向う。既に数人のライダーは自走して会場に向っている。Aコース190kmに参戦の良きライバル達だ。
5:30スタート&ゴールには数百人のライダーが列をなしていた。鬼コースは※経験者のみと条件付きだ。申込人員Bコースの1233名に比べAコース433名は少ない。
6:00スタート開始、30名がひとつのグループとなり順次スタートして行く、さあ行こう、ブレずに気負うことなく淡々と走ろう。それぞれの思いをペダルに込めて走りだす。静粛した街中にペダルを漕ぐ音だけが静かに響きわたって、隊列を屑さないように縦列走行を循守し進む。宮津湾を左に仰ぐ、静かな湾である、出走前肌寒さを感じ、早目のウィンドブレーカー着用が功を成す。半袖の元気者も居るのではないか、人それぞれだ。地方道45号を南下、200mの坂戸峠に差し掛かる。ゆっくり責めよう、汗は滲んでくる。下りながら小倉トンネルを抜け由良川に架かる大橋を渡り第1AS舞鶴市立岡田小学校に着。29km地点、7:24(制限時間8:30)舞鶴おでんと日本遺産に認定された海軍グルメ「元祖肉じゃが」を堪能、こなれたじゃがいもに味が深く浸み込んで旨い。石井さんへは各ASに到着した時間を携帯で送信する旨を昨夜伝えていた。
主要道55号を南下、由良川を右に見て綾部市に入る、ゆったりとした田園都市の緑豊かな里山を駆け抜ける。田んぼにはまだ可愛らしい早苗がゆらゆらとなびいて喜んで迎えているかのように、ほぼ平坦な区間である。主要道9号から489号に入って第2AS市立円山古墳公園駐車場に着。51km地点。8:34(制限時間9:45)おしるこ、アンパン食す。まだ2時間30分しか経過。
ここからまた平坦なのどかな田園風景が続く、中丹広域農道を西方向へ走る。福知山市に入り主要55号を北上を続け由良川と別れを告げる。京都丹後鉄道の線路を渡り与謝野町に入る。70km過ぎた頃から風景も変わり勾配がきつくなる。第3AS酒呑童子の里に着。82.5km、10:09(制限時間11:30)アンパン、水まんじゅう食。
230mのASから400mまで登りきったら130mまで下り、再び400mを登る。「心して挑まなければならないと」の激励もあったような。一本目の坂にアタックだ、カラダを左右に揺らし一漕一漕力を込め登って行く、苦しく切ない、がまん坂、一漕に一呼吸、ひたすらこれの繰り返し・・・クリヤー。130mを急ぎ早に下り二本目の坂に再度アタック開始、今大会最大の見せ場、踏ん張りどころがやって来た。下手な理屈はいらない、己の脚力だけが頼り・・・そうは言うものの・・・やっぱり苦しい。せつな坂、浮世七坂七曲越えて魅せます試練坂。湧き出るアドナリンを脚力に替えて漕ぎ続ける半田、踏ん張れ半田・・・登ったあ。激坂もこれで終わりかと思うと何か残念な気持ちに、さて下り、体重を利して自然体で慎重にコントロール、未知の先に風の壁を感じ疾走。登りの苦しさを全て振り払うように何て気持ちいいんだろう。16号地方道、山の丹後を下って第4AS野田川わーくぱるに着。136.5km 11:38(制限時間13:00)アンパン食、膝、脹脛に消炎剤スプレー。
主要道312号を北上し同じように京都丹後鉄道宮豊線と並走、コースは町中から郊外へ進むと80m程の坂が数本出迎えてくれる。楽しく走ろうと思うが脹脛に疲れが走る、甘く見てはいけないと一般府道を更に北上、京丹後市に入る。国道178号に入り、目の前に日本海だ。どこまでも遠くに水平線を眺める。海の丹後だ。新間人トンネルを抜けると第5AS道の駅「てんきてんき丹後」に着。136.5km 13:07(制限時間14:30)丹後ばら寿司、膝、脹脛に消炎剤スプレー。
ここからの32.5km第6ASまで178号を巡り、京都府の最北端の景色を眺めながら走りたいと・・・日本海が見え隠れし青い海原の景色が楽しめる。そびえ立つ屏風岩、犬ヶ崎トンネルを海岸線と島々の織り成す日本海の荒々しくまた優美が伝わってくるようだ。数キロ走ると丹後松島が誇り顔をしているようだ。打ち寄せる幾すじもの白波は遠くまで見渡せる風景に心までか疲れまで洗われていた。
記憶が定かではないが、この区間に広域農道の様な所では100m程のアップダウンが何回も立ちはだかり私を苦しめてくれた。かなりの疲労からか両脚に重くのしかかって来た。私の頑張りどころでもあった。最北端を巡ると伊根町に入っていた。左に若狭湾だ、蒲入トンネルを抜け南下する。第6AS伊根町役場に着。169km 15時17(制限時間16時30分)へしこパン、膝、脹脛に消炎剤スプレー。伊根町では二階が居室、一階が舟のガレージとなっている「舟屋」が230軒海面に建ち並んでいて、ツアー旅行のパンフレットではよくよく拝見する、一度は訪れてみたい場所だ。
引き続き国道178を南下、大島トンネル・岩ヶ鼻トンネルを抜けると眼下に今度は静かな若狭湾が広がる。輪上から海中の岩肌と小石等が透き通って見えるほどに映える。いつまでも美しくありたいものだ。
バイクはトラブルなく順調、筋肉痛も消えていてカラダも好調のままゴールの宮津市へ進んで行く。天恵の自然と悠久の歴史、豊かな農水産資源を併せ持ち、昨年「世界で最も美しい湾クラブ」への加盟を果たしたと市民も誇らしげに自慢する。もちろん「天橋立」だ。
残り21km平坦、吉本さんと走って行く。どんな大会でも出会わす光景がある。矢継ぎ早に走って行く。もはやそのかたまりは疾風である。無謀にも付いて行けるかなと、私は自転車ライダーとして驚異的な肉体でなく爆発的な瞬間的もなくペダルを踏む原動力となる太股はただ太いだけだが、もう一人の自分がさあ行けと駆り立てる。レースでもないのに何故か。湧き出るアドナリンは激坂登坂とゴール手前に似たり・・・そして無事完走。
訪れてよし丹後、山あり丹後、海あり丹後、その思い走って更によし丹後。
記録 ・MAX 63.5km ・TIM 8:16:21 ・DST 191km
・AV 23.2km ・獲得標高 2298m
6/5(月)蒲団の中では石井さんの小さな吐息が聞こえ、吉本さんは静かな眠りからの覚醒はまだのよう。部屋から宮津湾を望めるベランダに出てみる。冷やりとした朝ぼらけ、気分はどうだいとやさしい南風が頬に問いかける。淡い陽光が水面をキラキラと輝かせ幾つもの波紋を広く遠くまで見せてくれる。頭を空っぽにして何も考えずボンヤリと眺めている。強い筋肉痛はなく無事完走した充実感も相まってこころが和み癒されていた。こんなゆったりした時間を至福と言うのかな。二羽の小鳥が戯れながら飛んできた。上に下に舞うように仲良く睦まやかに、どこに行くんだろうなあ。いつまでも仲良くね。
前方に細長く連なり深い緑色をかもし出し森のように見え、今日の朝日を待ち望んでいる日本三景天橋立だ。宮津湾と阿蘇海に横たわり3.6kmにも及び砂嘴が自然に造り上げられた神秘の造形。高齢者三人、今朝は若者以上に空腹が増しているようです。旅先の朝食は和食がなぜかいい。ご飯、味噌汁、焼鮭、味付けのりとおしんこの定番に飯三杯(器は小さいよ)おかわり、「うまい」より上品な語「おいしい」ここで何時なら帰静に向うのだが、今日は「さあ帰ろう」の横地さん「不在」・・・折角来たんですから〜ちょっと観光して帰らないとの石井さん、吉本、半田に意義な〜し。またひとつメガネの奥に仏様。
宮津の町中は昨日の喧騒もなく静かな朝を迎えていた。文珠エリアの文珠菩薩の霊場智恩寺参拝。山門は黄金閣と呼ばれ市の指定文化財に、それにしても風格のある立派な門だ。
三人の無事完走、健康長寿、家族円満、世界平和などなど少ない賽銭にお願い事の多いこと。三人寄れば文珠の知恵で日本三大文珠の一つで由緒ある寺。何でもいいから知恵が授かればとひとり言。回旋橋を渡り、砂嘴を歩く、600m行くと真水が出る井戸、磯清水も見学。土産物を購入。車を走らせ天橋立を一望できる成相山成相寺に向う。駐車場への山道は激坂の繰り返しである。こんなコースだったら皆んな歩いちゃうねぇ、先ずは日本一のパノラマ展望所へ、股のぞき数あれど、ここの展望台から見る天橋立と言われている。天候にも恵まれ正に眼下に全景を望み「天空の回廊」に感激。来て良かったよ〜横地さん。展望台から下り成相寺に参拝。真応上人の開祖または聖徳太子とも伝えられ、元々日本山岳宗教の修験場で、その昔傷ついた食我死寸前の僧を観音様が身代わりとなり助けてくれた事など願う事成り合う寺として成合(相)寺として名付けられたと言われてる。
そして車中の三人、往路と同じ道程で帰路に向う。この時節は日本中のあちらこちらで田植後の風景を目にする。田んぼに植えられた早苗はやがて緑一色をかもし出す。五ヶ月程し、暴風灼熱に自らを晒し秋に実りの頭を垂れ、万物に恩恵を与える苗は日々努力の毎日である。自分に置き換えてみる、みっともないポーズを人目に晒し、長期の故障体調であってもこころが折れず欠せず続けているのは何故か。人々を感動させ自らも感動に酔い痴れる「スポーツの素晴らしさ」ではないか。いつまでも変幼自在で居続けるために何が必要で何が足りないのか、人は必ず衰えていく体力にどう対処し分析して強化するという考えに変化しなくてはならない試行錯誤の日々であるのかも「諸行無常」万物は常に変化し少しの間もとどまらない。それ以上に私を駆り立たせてくれることがある。ともに事する人「仲間です」共に切磋琢磨し、苦しみも流した汗も宝物です。深く深く感謝です。これからも人生というペダルに感動と感謝を込めて精一杯、ひと漕ひと漕ともに頑張りたい。次回の練習会、笑顔を持って『おいでやす』
私の大河ドラマは終わらない、まだまだつづく。